シリア難民支援 NGO職員のブログ

トルコ南東部でシリア難民支援に携わっている者のブログです

暑い

気温が45℃を超えました。はい、暑いです。暑いです。死ぬ程暑いです。誰か助けて。今もボランティアの採用のための面談をやっている最中なんですが、部屋のクーラーを18℃に設定していても、部屋に充満した熱気はびくともしません。これでもまだまだ序の口らしく、本気の暑さは8月に来るらしいです。いっそ殺してほしいぐらいの暑さですが、倒れないように気を付けます。暑いいいいいいいいいいいいいいいいあああああああああああ。

アレッポからの男性

アレッポの男性

着任してすぐの頃の話。アレッポから来た男性と、私ともう一人のシリア人女性スタッフと個室で面接をした時の事。色々苦労をされていたのか全然30代に見えなかった事はさておき、いくら話しかけても全く目を合わせずずっと窓の外を見ているので、「めっちゃシャイなんかな…」と心配になった。意地でも目線を合わせようとずっと見つめていたんだけど、結局視線は絡まずじまい。先生のポジションを検討してるんだけどあんなんで大丈夫かいな…とスタッフに相談したら、「あれは凄く礼儀正しいだけだよ」と笑って窘められた。敬虔なムスリムは、家族ではない女性をみだりに見ないらしい。特に個室では。それじゃぁ私は大変失礼な事をさせようと奮闘していたバカか…。失礼のないように、早くシリアの方々の文化も言葉も学ばなきゃ、と大いに反省したエピソードでした。面談に関しては、結局別の方を採用するに至ったのだけど、彼の憂いを帯びた表情は一生忘れられそうにない。

トルコの空

本格的に暑くなって参りました。今日も38℃。クーラーも昨日からフル稼働です。今度ちゃんとしたシリア難民支援の記事を書こうと思っているのですが、長くなりそうなので一旦ここで閑話休題的にトルコの空の動画でも。本当に綺麗で綺麗で、毎日植物に水をあげる時にしばし見惚れてしまいます。

トルコの空と雲1

トルコの空と雲2

ラマダンなので断食してみた

イスラムのシンボル

前回の更新からだいぶ間が空いてしまいました。生きてます!というのも、ケバブやジゲやボレキなどの油っこいトルコ料理(今度また紹介します)の摂り過ぎで、丸一週間腹を下していたのと、その後は有休をもらってウィーンに行ったりしていたのでした。そんなこんなでいつの間にかラマダン。シリア難民の人達やウルファのトルコ人は敬虔なムスリムが多いので、この時期に皆断食をします。私の職場のスタッフも9割方は断食中。良い勉強の機会になるだろうと私もやってみる事にしました。いや、正直に言うと純粋な好奇心7割、ダイエット効果への期待が3割です。断食を開始してから5日目。そもそも断食する理由や方法、所感などをまとめてみようと思います。

ラマダンって何?

ラマダンはイスラム暦の9番目にあたる月を指します。イスラム暦は月の運行に基づくので、普段私達が使っている太陽暦と比較すると1年が約11日間短く、そのためラマダンの時期も毎年11日間繰り上がっていきます。なので年によってラマダンが夏にあったり冬にあったりするのですが、今年のウルファは6月!去年や一昨年は真夏だったらしいのでそれと比べるとだいぶマシですが、それでもかなり大変な時期なのは変わりない。ラマダン中は、アッラーに対する完全な服従と献身を表すため、コーランによって命令されている「サウム(断食)」を行います。

ラマダン中の断食って具体的に何をするの?

簡単に言うと、ラマダン月の間は日の出から日没まで、飲食を一切絶つ「サウム」を行う事がイスラム教徒には義務付けられてます。勿論日の出の時間も日没の時間も住んでる場所によって変わるので、サウムの期間も変わります。2017年は例えば日の短いブエノスアイレスであれば11時間程度になるし、私が住むウルファでは16時間程度です。今まで断食というとご飯が食べられないだけだと思ってたけど、まさか水も一滴も飲んではいけないとは…。後で詳しく書きますがこれが一番キツイです。その他にもサウムには結構細かいルールがあって、日中は飲食以外にも、喫煙・性行為・薬品の摂取などが禁止されます。逆に、妊婦や断食によって病状が悪化してしまう人、旅行中の人は免除されます。ラマダンの最初の3日間、私は旅行に行っていたので、その期間は断食せず、皆より遅くサウムを始めました。また、普段よりさらにコーランを読んだり喜捨をする事が推奨されます。

断食中の一日のスケジュール

ウルファでは、毎日時間は微妙に変わりますが、今年は日の出が3:14分頃、日の入りが19:45分頃です。なので、飲食のタイミングを調整して、日中の断食に備えなければなりません。現状一日のスケジュールは下記のようになってます:

03:30 就寝(3時間睡眠)

06:30 起床

08:00 勤務開始、ぶっ続けで仕事

16:00 帰宅(断食中の職員は、昼休みや休憩時間を返上して、いつもより早く帰宅できます)

16:30 仮眠(2時間睡眠)

18:30 起床

19:45 イフタール(断食明けの食事)

22:00 就寝(4時間睡眠)

02:00 起床、スフール(断食前の食事)

ってな感じです。仕事を全然してる時間がないので、夕方の仮眠は今後とらないかもしれません…。

宿舎の他の駐在員は誰も断食していないので、夜中の2時に一人で起きて、音を立てないようにコソコソキッチンで食事をしています…。

断食の感想とコツ

案外いけるやん。が初日の感想でした。思ったより全っ然お腹が減らない。空腹に備えるために、イフタールとスフールで逆に普段より多く食べてるんじゃないかってくらい滅茶苦茶食べてるからなんですが…。一般的にムスリムの人達はラマダン中に一年で一番肉やお菓子を食べるので、期待に反して皆太るらしい。逆に何が辛いって水が飲めない事。空腹が紛れるのも、それ以上に喉の渇きが半端ないからだと思います。本格的に夏になってきたこの時期に、16時間何も口にできないのは結構辛い。水分の蒸発を防ぐために、口数が減る笑 ただそれでも初日は意外と楽でした。が!2日目は、前日の夜に飲んだ水分が足りなかったのか日中ずっと頭痛に悩まされ。なかなか仕事が捗りませんでした。なので夜中3Lくらいの水を必死で飲んで、3日目からなんとか安定。食事も大体コツがわかってきて、なるべく水分が多くとれるスープやサラダ、フルーツを積極的に摂取するのが良いのと、塩分が多い食事は控えるようになりました。排尿を促すコーヒーやお茶、アルコールも勿論摂ってません。これで残り25日間、乗り切れるか期待。ただ、何が怖いって、今日までずっと最高気温は30℃程度だったけど、明日から最高気温がまたおかしな事になります。っていうか例年の平均と比べても異様に高い。ウルファはトルコでもかなり暑くなる地域なんだそう。死ぬな~

ウルファの天気

ラマダン中のトルコ(ウルファ)ってどんな感じ?

基本皆ぐったりしてます笑 噂には聞いてましたが、自分自身も断食してみてやっとその辛さが分かりました。日中は極力体力を温存するために、ほとんど誰も外出しません。出来る限りクーラーのガンガン効いた部屋で横になってるそう笑 そのせいか珍しく外が静かで、いつもは子ども達で溢れ返ってる公園でも誰も見かけません。食事処も閉まっているか、品数が極端に少なくなります。が!それも日中だけ。夕方から夜にかけ、街中が徐々にソワソワし始め、活気づいてきます。店のシャッターも空いて、店頭にずらっとおいしそうな食べ物が並び始めます。ラマダン中は沢山の人達と積極的に交流するのも推奨されている事の一つらしく、夜はすっかり気温も下がり過ごしやすくなるので、イフタール(断食明けの食事)の時間から大フィーバー。子ども達のはしゃぎ声やおっさん達の大論争、ごった混ぜになった音楽が至る所から聞こえてきます。女性達は睡眠を削って、普段は食べられないご馳走を腕によりをかけて作るので、それにありつける家族の喜びもあるんだろうな、と考えたり。それにしても夜中の2時にドンドコ太鼓を鳴らしながら練り歩くのは止めてほしい。田舎のウルファだけの習慣だと思いますが、スフールを食べる時間を知らせるために太鼓隊が出動するそう。しかもラマダンが終わった後、家を一軒一軒周ってお金を徴収します笑 あと、日中は皆ピリピリしてるせいか、トラブルが増えます。職員同士の小競り合いもそうだし、シリア難民とトルコ人との間の諍いも増えてる気がする…。色々一長一短です。

とにかく残り25日間、頑張ってみます。断食だけじゃなくて、コーランも読んでみるつもり。

アメリカ・日本・トルコのパーソナルスペースについて

先週一杯、本部への報告やビザの更新などの関係で日本に一時帰国しておりました。日中は仕事、夜も夜で友人達と飲むなど休む暇もなくバタバタだった為、ブログも更新できず。忙しくはあったけど、急な連絡でも嫌な顔せず会ってくれる友人先輩に恵まれ、改めて感謝の気持ちでいっぱいになった束の間の帰国でした。それにしても東京での一週間は、今までのウルファの生活とあまりにも違い過ぎて、終始夢現の世界にいるようで。非現実感が半端なかったなぁ…。

そしてトルコに戻ってきてから1日目の今日、暑さにうなされて昼寝から強制的に目覚め、何気なく気温を調べたら38℃。28℃の見間違いかと思って、本当に文字通り二度見をしてしまった。これから夏にかけて未知の40℃の世界が到来する予定だけど、正直ワクワクしてます。想像もつかない世界だ。

シャンルウルファの気温

まとまった時間がないので、今回は日本に戻ってみて実感した軽いネタを一つ。

パーソナルスペース4コマ

本人体重-5kgの描写でお送りしております

やっぱり地域特有のパーソナルスペースがあるみたいで、アメリカでの滞在歴が長かった自分が東京に移住するにあたって一番戸惑ったのが他人との距離感。後ろに人が立つ時は、吐息が肩にかかるようで気が気でなかったし、正面から対面する時も皆あまりに近寄り過ぎていつも目のやり場に困った。いつの間にか腕を組んでのけ反る姿勢が定着していたそんな自分がもっとスキンシップが密な中近東に住んだらどうなるのか!…色々と諦める訳です。パーソナルスペースの概念はないのか?!と思う程近い、そして無遠慮。カバンが他人の背骨にめり込んでいてもお構いなし。いちいち気にするのも疲れるので、最近はなんとも思わなくなりました。人間の順応性って素晴らしい。ちなみに都会のイスタンブールはまた違うかもしれません。とにかくシャンルウルファではこんな感じです。

パーソナルスペースといえば各主要都市のスペースをシミュレートしたこのサイトが興味深い。インドとかバングラデシュとか凄そうだな。

トルコという独裁国家に住んでます

サーバーエラーが出るWikipediaのサイト

ついにWikipediaにアクセス出来なくなりました。ほんんんッッッとにもおおおぉぉぉなんなん?!夜寝る前に「谷崎潤一郎」とか「ゴマ」の起源とか「死後写真」の記事にハマって夜更かししてしまう身としては本当に辛い。

まぁオンラインサイトやサービスのアクセス制限は今に始まった事じゃないらしいけど…。去年のクーデター未遂事件の時はFacebookTwitterどころかネットも繋がらず、皆1週間ショートメールで仕事をしていたらしい。ネットが復活した今でもTwitterの特定のアカウントはブロックされているし、閉鎖を免れたニュースサイトも政府寄りのものばかり。流石、報道の自由度180ヶ国中155位なだけある。

ますます独裁色が濃くなるトルコ政府の圧力は情報の規制だけじゃなく、軍関係者・警官・教師・記者の追放といった形でも表れる。トルコではWikipediaが閉鎖された日と同日、昨年のクーデターに関わった容疑で約3,900人の公務員が罷免されました。これで昨年のクーデター未遂から現時点で合計12万人もの人々が職を失い、4万人が逮捕されている試算。同日にはその他にも18の財団、14の団体、13の医療法人が強制的に閉鎖。シリア難民支援でかなり広く活動を展開していた主要NGOもその内の一つらしい。どの団体も容疑は、「国家の安全を脅かすテロ組織である疑いがある」ため。それ以外に特に説明はない。

こういった事がどんどん起きると徐々に感覚が麻痺してくると同時に、先日トルコ人の同僚がシリア人の同僚に言った事を思い出す。

エルドアンが次のアサドになるから、その時は私達を助けてね」

そう冗談めかして言う彼女の眼は別に笑ってはいなかった。

自由が血を流したとき

ラッカ出身のシリア人

自由ではなかった、自由ではなかったけど幸せだった。やりがいのある仕事に就きながら、大学院にも通えていた。 家族もバラバラにならず、全員大きな家で一緒に住めた。友人も親戚も沢山いた。今は誰もいない。会える人が誰もいない。未来もない。目の前の今しか目に入らない。誰が戦えと言った、誰も頼んでいない。勝手に自分達で好きなだけ血を流せばいい、関係のない人間、しかも子供を、巻き込むな。自分達だけ安全な場所に逃げて、そこから自由自由と声高に叫ぶな。そんなに自由が欲しいなら今すぐにでもシリアに戻ってから言え。

トルコ出身のクルド人

自由が欲しい。自分のためにだけじゃなく、母を守るために自由が欲しい。投獄や拷問、虐殺の恐怖に怯えない自由が欲しい。自分の言葉と歴史を学べる自由が欲しい。己の出自を恥じなくても良い自由が欲しい。もう口を噤みたくない。もう疲れた。自由のためにならいくら犠牲を払っても構わない。いくら血が流れても構わない。声を出さなければ、何か行動を起こさなければ、一生何も変わらない。家族のしがらみがなければ、PKKに入っていると思う。

 

図らずとも「自由」に対して全く違う見解を同時期に聞いて、たまらない気持ちになったので、どちらも書き留めておこうと思いこの記事を書きました。アメリカでも日本でも、私が育った場所では基本的には自由が認められていて(ある程度報道や言論の自由等には疑問が残るけど)、自由が「ない」状態が、今でも想像が出来ない。ただ、自由のために何百万人もの血が流れ、今でも流れ続けているのは事実。上記2つの、どちらかの立場を選べ、と言われた時に答えに窮してしまったら卑怯だろうか。いずれにせよ、大人の都合で子どもが血を流すべきではないとは心の底から思う。

仕事の合間、トルコでの日々ー2017年2月~4月

たまには趣向を変えて、携帯やカメラのメモリにあった、日常の何気ない写真でもアップしようかと思います。何もかもが真新しくて、毎日生まれたての赤ん坊にでもなったかの様な感覚に襲われる。目を閉じても耳を塞いでも、溺れる程に、怒涛の感覚と知識の波が押し寄せてくる。余談ですが月15冊程度読むほど読書が好きだったのですが、トルコに来てから一切本が読めなくなってしまいました。手に持っても、文字が全く頭に入ってこなくて、ページが繰れない。脳内に他に処理しないといけない情報が多過ぎて、追加の情報に割ける余裕がないんだと思う。ただ文句はなくて、むしろこういう毎日がずっと送りたかったので、とても幸せです。

コミュニティセンタ-の屋上から見た空

コミュニティセンターの屋上から見た空。トルコの建物は底冷えがして、室内があまりにも寒過ぎて一度日当たりの良い所に行こうと思って屋上に避難した時に撮ったもの。凄く好きな写真。

ベランダの猫

しばらく宿舎に居候していた近所の猫。トイレにも付いてくる超甘えんぼ。この後ディルのポットにうんこされた。

シリアのチャーハン

いくらいいと言っても食事を作ってくれる職場の同僚。この写真はシリアのチャーハンだけど、死ぬ程うまい。クミンの香りとアーモンドのこおばしさとレーズンの甘みが絶妙…。彼女の作る手料理がどれも本当に美味しくて、いくられでも食べられてしまう。そう伝えると、普段堅物の彼女も結構まんざらでもない顔をするので、それも好き。おかげでだいぶ太った。

ウルファの丘からの景色

気軽に行けるウルファの丘からの景色。トルコは空が広い所が良い。仕事で六本木にいた時に、空のあまりの狭さに、沈む夕陽が一切見えなかったのがあまりに辛過ぎて退職を決意したのは良い思い出。今まで積もり積もるものはあったけど、まだしっかり覚えてる最後のきっかけ。

カリンとトマトのスープ

あまりにも美味し過ぎてレシピを教えてもらって自分で作ったシリア料理、サッファージャリーエ。果物のカリンと羊肉のトマトで煮込んだスープ。酸味が効いてて、トムヤムクンが好きな人は絶対好きだと思う。しかも超簡単。アレッポの名物らしい。

街中に降る雹

4月18日、突然雹が降る。BB弾くらいの大きさの雹が一気に地面を敷き詰め始めた瞬間。トルコの天気は本当に読めない。

ウルファの朝焼け

着任した次の日の朝焼け。宿舎の屋上から。初心は常に忘れないようにしたい。

トルコでのシリア難民支援活動

職場の近く

職場の近く

助成金申請関連の作業と期末で死ぬ程忙しかった今週…日曜の今日もイベントあるし体力もっとつけないと…ヤバい…。ブログのネタも溜まっていくばかりでなかなか更新できない~。それにしても今の所、前職も含めどの職場でも、その業界の最前線で戦うトッププレイヤーの方々といつも一緒に仕事をさせて頂けていて、つくづく自分は仕事運と縁に恵まれているな、と痛感。恋愛運ゼロの代わりにこっちにステータス全振りしてるな…。本当皆バリバリに仕事ができて尊敬するし、早く追いつきたくてたまらない。

話は変わってトルコのシャンルウルファに配属されて約2カ月半。そろそろNGO職員としてシリア難民支援のために行っている活動の事や、初めて中近東に住んでみた感想などを整理しながら伝えられる自信が少しばかり出てきたので、一旦ここでQ&A形式でまとめてみようと思います。

シャンルウルファってそもそもどこ?

短くウルファと呼ばれる事が多い、トルコの南東部に位置する県です。2016年時点で9番目に人口の多い県で、シリア国境の近さから(国境の街アクチャカレから車で約45分程)多くのシリア難民が逃れてきています。そのため、難民登録された人の数はイスタンブールに次いで2番目。県全体の人口に占める難民の割合は21.67%と非常に高く、イスタンブールの3.24%と比較しても圧倒的*1。自分が住んでる街の大体2割近くが移民、しかも悲惨な紛争を逃れてきた難民かと想像すると、言葉を失う。しかも正式にトルコ政府に登録されている難民の数だけなので、実際にはもっと多くの難民達が住んでいると言われています。

トルコの地図

右下にある、"Sanliurfa"と表記されている所に住んでいます

何をしてるの?

私のNGOがウルファで行っている活動は大まかに3種:①難民の方々が多く住む地域に開設したコミュニティセンターで、講座やイベントなどを実施する活動。②難民の中でも特に支援の手が届きにくい障がい者の方々に、車椅子や補助具を提供したり、セラピーを行う活動。③特に緊急性の高いケース(衣食住が足りない・妊婦や乳幼児がいる・児童労働や早期婚が確認されているケースなどを含む)において、食料や日用品、金銭的援助や政府・医療機関への紹介・心理サポートを提供する活動。このブログの存在はまだ私のNGOに伝えていないのであまり細かくは記載できないのですが、ざっとこんな感じです。

子どもが描いた絵

センターの子どもが描いた絵

私自身は現在①のコミュニティセンターのマネージャーとして、日々難民の方々と接しながら、来訪者が満足のいくサービスを提供できているか統括する仕事をしています。難民というと難民キャンプを思い浮かべる人が多いですが、実は世界で最大の数の難民を受け入れているトルコに避難した難民の方々のほとんどはキャンプではなく、先にトルコに逃れた親戚や友人の家に身を寄せたり、なけなしの貯金を崩しながら一室を借りながら住んでいる、所謂「都市型難民」が多いです。家があるとは言っても家具もマットレスもない2部屋のアパートに複数の家族が20人以上住んでいる、というケースもあったりで、環境が良いとは決して言えません(こういった話はまた詳しくしていきたいと思います)。

木を植える子ども達

子ども向けのイベントで子ども達と一緒に木を植えた時

ウルファに住んでみた感想は?

元々長く住んでいたロサンゼルスとも東京とも大きく違う事だけは確か。そもそもトルコ人から見てもウルファはかなり特殊な場所らしく、「ウルファに住んでいる」と言うと、若干哀れみの混じった渋い顔をされる事もあるくらい。アメリカで言う南部の奥地、日本であればド田舎の孤島、と同じ感覚なのかもしれない(適当)。トルコ人クルド人・アラブ人が入り乱れて暮らすこの地域では、2ヶ国語、3ヶ国語と話せる人がとても多い。そのおかげか、宗教的・政治的に非常に保守的にもかかわらず、異人である私に対しても予想以上に寛容な気がする。日本人の文化はそれとして尊重してくれて、恐れていたように向こうの宗教や価値観を押し付ける事は一切ないし、むしろ皆優し過ぎて本当に泣けてくる。なんだろう、困った人を助けるのは当たり前、みたいな文化。これについてもまた今度詳しく話したい。とにかく予想以上に居心地が良くて、毎日刺激がいっぱいなので、出来るだけ長く居たいな、と思っています。

トルコの旗

ほんと街中の至る所で見るトルコの旗

危なくないの?

日本の外務省の海外安全ホームページによれば、現在のシャンルウルファは「危険度レベル2:不要不急の渡航は止めてください。」との事。トルコ国内、特に南東部でテロが多発している中、今の所目立った被害には遭っていないウルファですが、一応常に気を張りながら安全対策はしています。日常の治安に関しては実家の近所の、よくギャング映画の舞台になってるコンプトンとかの方がよっぽど危ない気がする。どちらかというとテロで死ぬ可能性よりは、交通事故で死ぬ確率の方が断然高いような…。車線はない、信号もあって無いようなもの、対向から減速せずに突っ込んできた車に遭遇した事既に3回…(間一髪で事故は回避)。運転免許を馬鹿正直に取得する文化はあまり無いようです。なるべく苦しまない方法で死にたい…。

今後の予定は?

引き続きセンターのマネージャーとして頑張りながら、不足している知識を頑張って補いたいと思います。人道支援関連の知識、障がい者支援に関する知識、マネジメントの知識、会計・経理の知識、そして勿論言語…。勉強は元々好きなので楽しみ。そして得た知識をしっかり業務に還元できるようにしたい。

バスの女の子

シリア難民支援に興味があるかも

私が言うのも変ですがありがとうございます。そもそもどういう発端で紛争が起きて、なぜ今ここまで難民が溢れてしまった状況になったのか、それに興味を示してくださっただけでもシリア難民の方々は喜ぶと思います。今後この紛争の背景を知るためにオススメの書籍や資料も紹介していきたいと思います。もう一歩踏み込んで支援をしたい、と思ってくださった方々は、現在色々な国際機関やNGOが様々な活動を現地にて行っていますので、共感した活動に矢張り寄付頂くのが良いと思います。どの団体が良いか、どの支援分野が良いかなど質問等あればコメントにていつでも気軽にご質問ください。ちなみに他の国や事業でも活動しているNGOに寄付する際は「シリア難民支援指定」とした方が直接その支援業務に行きやすいです。

以上、長々と書きましたが、まだ色々未熟な自分…。自分の健康と安全を第一に確保しながら、もっと頑張りたい。

トルコの国民投票ー結果

結局エルドアンが勝ちました。不正があった、と反対派が嘆いているものの、その可能性も含めて今回の結果をある程度予想出来たのは私だけじゃないだろう。これからどうなっていくのやら。国民投票に勝った暁には騒がれてる死刑制度の導入だけでなく、トルコ国内で活動を展開している国際NGOの「監視」を強化する、対シリア紛争に対してより介入を強めていく、などとエルドアン大統領一派は言っていたので、他人事ではない。色々再調整が求められそう。

シャンルウルファは7対3で、大統領派が多かったです。

トルコの国民投票

トルコの旗

いよいよ、憲法改正の是非を問う国民投票が明日の4月16日に迫ったトルコ。最近は誰と会ってもこの話題で持ちきりで、どうなるかハラハラ。結果いかんによっては混乱も想定されるので、自分のNGOは念の為17日の月曜日もオフィスを閉める事になりました。ただ、着任から初めての3連休なのに、外務省のテロに対する注意喚起もあって、ずっと家にいないといけないのが辛い…。日本では北朝鮮との緊張に関する報道ばかりでこっちは全然報道されてないけど、トルコにとっては割と歴史的な投票らしい。

ざっくりいうと今回の国民投票は今までの議員内閣制から大統領制に移行して、ほとんどただの象徴だった大統領にもっと権限を附与する事の是非を問うものらしい。首相という立場は失くなり、大統領が副大統領や閣僚を自由に任命したり解任したりできるようになる。また、議会の解散権も大統領が持てるようになるため、大統領の任期は今まで通り5年が2期までだけど、2期目が満了するまでに議会を解散して当日の大統領選に再当選すれば、3期目の就任もあり得る。他にも色々あるけど、概して権力の抑制と均衡を崩しかねないと欧米メディアでは懸念の声が挙がっている今回の投票。下記のサイトが詳しい:

トルコにおける国民投票―「大統領制」は何をもたらしうるのか | SYNODOS -シノドス-

Questions and Answers: Turkey’s Constitutional Referendum | Human Rights Watch

Erdogan's Turkey - BBC News (流石BBC、サイトデザインが死ぬ程かっこいい)

The Economistの表紙

扇情的なタイトルの4月15日付けの"The Economist"

結果の予想は現時点では五分五分。50から60%くらいの得票率でエルドアンが勝つと予測するトルコメディアもあるけど、正直大統領懐疑派の記者がほとんど投獄されている中で、残ったメディアが何言おうと信用できん…。今回「Evet(Yes)」と答えるであろう層(エルドアン支持派)は、私が住むウルファを含む南東部の農民が多く(クルドは除く)、代わりに、「Hayır(No)」と答える層(エルドアン反対派)はイスタンブールイズミルを中心とした都市に住む比較的裕福な、エリート層が多いと言われている。なので田舎のウルファではどこを見てもEvet Evet Evetの看板やポスターばかり…。Evetの歌を拡声器で流し続ける、いつの時代かと思う程のウッザイ街宣車ともこれでやっとおさらばできるのか〜。街中の広告だけじゃなく、オンラインでもエルドアン大統領が所属するAKPがバンバンEvetのバナー広告を出していて、元広告代理店勤務としては出稿費ばかりが気になって仕方がない。確実に十億円は超えてるんじゃないか…。代理店経由なのかな、だとしたらどこだろ…。

4月11日にエルドアン大統領がウルファに来た際の様子

私の身の回りにいる、NGO勤めのトルコ人は海外で教育を受けたり、良いとこの大学を出ているリベラルが多いので、エルドアンの保守的な考えとは一切相入れず、文字通り牙を向き出しながら彼の悪政をこき下ろしている。毎朝トルコ語を練習させてもらってる近所のパン屋のおじさんとも選挙の話をしてみたけど、彼はウルファ民としては珍しく、政治家は皆嘘吐き、どちらに投票しても結果は変わらないから投票はしないと言っていた。矢っ張り英語が話せるまで自分で勉強したり、よく政治の本を読む人はウルファに住んでいても安易に今回のエルドアンの政策を支持しないものなのかもしれない。

国民投票のパンフレット

家の玄関に刺さってたエルドアン大統領属するAKPのパンフレット

いずれにせよ何かしらの波乱なしでは終わらない気がする明日の選挙、奇しくも天気は雨模様。嫌な予感しかしないので、大人しく家でパンでも焼きながら様子を見ます。

空飛ぶ戦闘機

F16戦闘機

なんだかソワソワして寝られない。ここ数日上空を飛ぶ戦闘機が矢鱈多い。しかもかなりの低空飛行らしい(私はまだ聞いただけじゃ分からない)。おかげで何回か眠りから覚めたし、その度に心がささくれ立つのは自分だけじゃないようで、先輩もなんだかここ最近、トルコ人もシリア人も両方とも以前よりギスギスしていると言っていた。私が働くウルファは元々シリア人を含めたアラブ系の人々が多く住む地域なので、比較的難民に対して寛容なのだけど、それでも先日、警察に突っかかったシリア人(結局勘違いだったらしくシリア人じゃなくてトルコ人だったけど)に激怒した群衆が、シリア人が経営する店に投石したり破壊したりする暴動に発展した。以前よりトルコの他の市では似たような事件があったけど、ついにウルファでもー。シリア紛争が始まって今月でもう7年目。終わりの見えない争いに人々が焦燥に駆られているのは火を見るより明らか。

シリアコーヒー

シリアコーヒー

シリア人とトルコ人と働いていると、物凄い量のコーヒーとお茶(チャイ)を飲む事になる。皆親切でしょっちゅう淹れてくれるのと元々どっちも大好きなので、出されたら出されただけ飲んでしまうんだけど、飲み過ぎてなんかの病気にならないか心配。多分普通の1日でコーヒー4杯、チャイは6杯くらい飲んでる。そのせいでトイレがバカみたいに近い。多分男だったらとっくのとうに尿結石になってるなぁ…。

シリアコーヒーのパッケージ

シリアコーヒーのパッケージ

スプーンに盛られたシリアコーヒー

コーヒー。だいぶ粒子が細かい

シリアコーヒーはいわゆるアラブコーヒーと言われるもので、エスプレッソ用の豆のように細かくフワッフワに挽かれているのと、カルダモンで香り付けされてるのが特徴。初めて嗅いだ時はそのあまりにも芳しい香りにしばらくうっとり…。コーヒーとカルダモンがここまで合うとは思わなかった。味は小さいながらもかなりパンチが効いていて、眠気覚しにぴったり。

コーヒーを挽く店員

同僚のお気に入りのお店、専用の機械を使ってコーヒーを挽いてくれる

コーヒー豆と一緒に挽かれるカルダモン

豆と一緒に挽かれるカルダモン

それにしてもコーヒーには皆結構こだわりがあるみたいで、あの店はおいしいこの店はダメと言いながら、皆でお金を出し合って職場に常にストックがあるように気を使ってます。いつも淹れてもらってばかりだったので、先日自分でも淹れられるように教わって、その通りに淹れていた所、別の男性からやり方が違うとの指摘が。色々聞いて回った結果、実は「泡好きか否か」「砂糖好きか否か」で淹れ方にも4種類くらいある事が分かりました。大概シリア人の女性は泡好き+砂糖は入れない、男性は泡嫌い+砂糖は入れるという事が分かったので、せっかくなので自分が好きな、前者の方の作り方をご紹介。ただ何回か練習しないとだいぶコツを掴むのが難しくて、マスターしたとは到底言い難い。実は写真のコーヒーも泡が全然浮かんでいないので失敗です…。

シリアコーヒーの淹れ方

シリアコーヒーの淹れ方(2人分):

1. 鍋にコップ2杯分の水と小さじ山盛り2杯分のコーヒーを入れる。まだ混ぜない。
2. 中火にかけ、コーヒーがじわじわと完全に水に沈んだら、そっとかき混ぜる。混ぜ過ぎない。
3. 徐々に泡が立ち始めるので、吹きこぼれないように何度か鍋を火から離しながら、クリーミーな泡がいっぱいになるまで熱する。
4. 火から離し、水面の泡をすくいとってカップに入れる。
5. 残りのコーヒーを今度は泡がすっかりなくなるまで煮立て、カップに注ぎ入れて完成。

沸騰する前のコーヒー 泡立ったコーヒー

注がれるコーヒー

シリアコーヒーとチョコレート

チョコレートやデーツなどの甘い物と一緒に飲まれる事が多い

日本じゃシリアコーヒーも手に入らないと思うので、代わりに普段のコーヒー豆を挽く時にカルダモンを何粒か入れて挽いて、それをフィルターで濾して飲むだけでもだいぶ香りが出ておいしいと思います。私もアラブ式の淹れ方が面倒臭くてフィルターで飲む事もしばしば。

その地域の生活に密接に溶け込んでる嗜好品。コーヒー、お茶、酒とお菓子にタバコ。嗜好品にまつわるしきたりや慣習も面白いものばかりなので、今後も積極的に色々なものにチャレンジしてみたい。

シリア紛争、神経ガスによる攻撃で100人以上が死亡か

信じられない程晴れやかな空に、花香る朝が続くウルファ。そんな事はお構いなしに目を背けて耳を塞ぎたくなるようなニュースが飛び込む。

過激な描写もあるため、苦手な方はご注意ください:

ソースによっては、死者は80人を超えたとも、100人を超えたとも。また、被害者が搬送された病院にも爆弾が落とされ、人道的配慮なんてあったものではない。

驚きはない、化学兵器の使用は以前より何度もあったから。4年前に見た、神経ガスによってシリアの子供達が苦しむ様子を映した動画も、未だに脳裏に焼き付いて離れない。ただ今回のイドリブでの攻撃は被害者数としては規模はかなり大きいらしい。驚きはない。ないけれども、ただ、ただ、理解が出来ない。

兵器自体を落とした戦闘員は何を思って落としたのか。爆撃の先に何があると信じていたのだろう?百歩譲って、彼が無心に上から与えられた任務を遂行していただけだったと仮定しても(戦闘員や兵士がいかに緻密に計算された育成プログラムによって任務としての人殺しに「慣れ」ていくかは、この本が詳しい)、それでは誰が彼に兵器を落とすよう指示したのか?どんな気持ちで?何を目的に?紛争とは何も関係のない子供が被害に遭うであろうことは、想像ができたのに?被害に遭った場合、苦んで苦しんで死ぬのが分かっている神経ガスを使ってでも成し遂げたい事は何なんだろう?理解ができない、分かりたくもない。それに、手で血を染めているのは、本当にシリア国内の勢力だけだろうか?化学兵器を作っているのは誰?それを付与しているのは?そして化学兵器を使える程の資金を軍に提供しているのは誰?誰も答えてくれない質問ばかりが募る。

今回の件であまりまだ日本語では報道されていない点を補足:

Russia says bombed rebel weapons dump caused Syria 'chemical attack' | Euronews

ロシア政府は今回の被害は、政府軍による反政府勢力の化学品倉庫に対する空爆のため化学品が空中に漏れた事で起きたと説明している。勿論反政府勢は反論しているけども。

Assad regime continues violating 2013 agreement | Anadolu Post

Syrian Network for Human Rights (SNHR)によると、シリア政府軍が行ったと思われる化学兵器攻撃は過去3年間に162回にも及んでいるとの事。

シリア紛争での化学兵器利用の歴史

 人間はどこまで愚かになれるのだろう。これも答えのない問いの一つ。

日帰り職員慰安旅行ーボゾワとユーフラテス川

くつろぐ同僚

先日は、職員の懇親と慰安を兼ねてシャンルウルファの街からほど近い「ボゾワ(Bozova)」という所に日帰りで行ってきました。緩やかに流れるユーフラテス川のほとりにある、バーベキュー場もある場所で、地元の人達がよく家族を連れてピクニックをするのだそう。幸い平日のためか全く人もおらず、皆思い思いに水面を眺めたり、釣りをしたり、バーベキューを楽しんだり、踊ったりしてゆっくり過ごせました。まさか幼い時に歴史の教科書に出てきたあのチグリスユーフラテス川を眼前に出来るとは思いもよらなかったなぁ。人生って面白い。

ユーフラテス川と野の花

今の季節は野の花が満開で綺麗

対岸の野の花

トルコの野の花

今回の旅行は私の上司のアイディアで、チーム間の懇親と、特にシリア難民の人達を直接支援する立場にある職員は日々かなりのストレスに晒されている中、心底真面目ななのかなかなか有給休暇をとろうとしないので、このような形で無理矢理にでもいつもと違う空気を吸ってもらおうという意図で企画したものでした。

例えば爆撃の影響で半身麻痺になってしまい、日々学校に通う他の子達を恨めしく眺める青年。息子を目の前で銃殺され、夫も行方不明、そんな中親族を頼って命からがら逃げ延びたものの、何を頼りに生きたら良いか分からない老齢の女性。そんな方々に物資の支援や心理的サポートを行いつつも、自分の限界に打ちのめされる経験をする職員は数多いと思います。

そういった時に、心を折らずに自分の出来る得る限りの範囲で、出来る事をひたすら行い続けるのはなかなか「力」がいると個人的に思います。人に手を貸す際にはまず自分を万全の状態に整えてから。体力的にも精神的にも。中途半端な状態で何かしようとしても、自分もろとも引き摺られるだけ。献身の姿勢は尊いものだけど、それだけでは現実問題、事は廻らないのが分かってから、自分も体調管理と、精神の安定だけは維持しようと努力する毎日です(出来ている訳ではない)。乱高下するテンションはだいぶコントロール出来てきた気がするけど、まだまだ難あり…。昔から喜怒哀楽の激しさは指摘されてきた中、年を重ねればなんとかなると思ったけど、考えが甘かった。日々精進あるのみ。

踊る同僚

上から見たボゾワ1

上から見たボゾワ2

それにしても何機も戦闘機が上空を飛んでで、改めてシリア国境がすぐ近くなんだなぁと痛感した。決して快い良い音ではない。それに、この雄大なユーフラテス川がシリア国内のラッカまで流れているのだけど、そこにあるタブカダムが米国のIS掃討作戦による影響で決壊してしまう、という噂がシリア人の間では話題らしい。情報が錯綜しているし、ソースはロシアとシリア政府軍のメディアばかりであまり欧米のメディアでは取り上げられていない(日本語の記事なんてほとんどない)のが非常に気持ち悪いのだけど、万一このダムが決壊した場合、数十万人に被害が及ぶ事は必至。この日もボゾワでユーフラテス川を見ながら、単純に「歴史の教科書で見たやつだ、凄い」と思った自分と、ラッカに住む残りの家族に思いを馳せていたシリア人スタッフとの間の、それこそユーフラテス川のように大きな隔たりを痛感させられた。